2024/05/26
881 :名無しさん@HOME:2013/01/15(火) 22:47:12.27 0両親の別居の理由を20になるころに初めて知った。
父は本州出身、母は北海道出身。私は一人っ子。
私は生まれは北海道だけど、1歳頃から本州、3歳頃に北海道に戻ってきた。今も北海道。
今までずっと「仕事の都合」で別居だと聞かされていた。周りはみんな親子みんなで出かけているのが羨ましくて仕方なかった。
小学校の頃、お父さんと一緒に暮らしたいって作文コンテストで書いて賞までもらった。
母方のいとこ2人とは兄弟のように育って、たまに本州の家に帰ると父方のいとことも遊んだ。
父方いとこの末っ子は私以上に私の父に甘えていた。プレゼントのおねだりもうまかった。それが羨ましくて仕方なかった。
私が3歳のころからずっと別居、いつか離婚するとは散々聞いていた。
高校に入ったらーだとか卒業したらーだとかアンタが二十歳になったらーだとか。まあそんなもんかと思っていた。
20の誕生日が近くなった頃、母がぽろっと別居の理由を教えてくれた。父の浮気が原因だった。
最初は何を言われたのか分からなかった。私の中の父の姿が崩れていった。
浮気の慰謝料やなんかをもらわない代わりに生活費をもらっているそうだ。
そして私の20歳の誕生日の2日後、両親は正式に離婚した。
離婚はしたものの私はまだ学生で、中小企業の役員である父からの振り込みが頼り。
何年もあってない父への数少ない連絡が金の無心。毎度毎度死んだ目でメールをうつ。返事はない。
父方の祖母に貸してもらった振袖で成人式に出た旨を連絡するも、やっぱり返事はない。
そういえば父は最初、母でなく、母の妹が好きだったそうだ。なにそれ。笑える。
ついでに父方いとこの末っ子は今どこぞのクラブで働いていて、その斡旋をしてやったのは俺なんだと父は自慢げだった。
お前ももう少し稼げるバイトでもすればどうだ、とも言われ、ああ、これがこの人の考えなのか。と妙に乾いた気持になった。
私は残念ながらオトンそっくりのクソみたいな不健康デブスに育ち、おとなしーく家庭教師のバイトをしている。
「そんなクソつまんねーバイト何が楽しいんだよwwwwww」とバイトを始めた当初に言われたのを思い出してカキコ。たしかにクソつまんねーけどさ。
882 :名無しさん@HOME:2013/01/15(火) 22:56:25.24 O>>881
血が繋がっててもアナタと親は別の人間だから
家庭教師って大変な仕事だと思うよ教えれば良いって仕事じゃないから
883 :名無しさん@HOME:2013/01/15(火) 22:56:27.01 P>>881
必要なだけ学費を絞りとって立派に自立して
父親が年老いて頼ってくるような事があったら
鼻で笑って切り捨ててやんなさい。
884 :名無しさん@HOME:2013/01/15(火) 22:59:53.24 0>>881
考えようによっちゃそんなクラブ斡旋とかしちゃうような男と仲良くなくてよかったじゃん
従妹もそんな男に甘えたことで人生ソッチに行っちゃったのかもしれんよ
もらえるものは無心でガンガン貰いつくして自分の身にして未来を明るく生きればいいよ
885 :名無しさん@HOME:2013/01/15(火) 23:05:20.37 O>>881
そんな糞のために思い悩んで青春や人生投げんなよ
よくも今までだましやがって、父親を慕ってたあの時の気持ちを
どうしてくれるこの糞が、てめえみたいな糞はもう
父親でも何でもねえ、私の人生から綺麗さっぱり切り捨ててやんよと
いっそpgrしながら捨ててやれ。あ、金はしっかりもらっとけよ
糞とは言えそれくらいの役には立ってもらわないとな
886 :名無しさん@HOME:2013/01/15(火) 23:10:41.46 i>>881
乙。
世間一般からしたら、家庭教師のバイト>>>越えられない壁>>>クラブ(水商売)のバイト、だよ。
就活の時に「家庭教師のバイトをしていました」と言えても「水商売のバイトをしていました」と、言う人はほとんどいないし。
887 :名無しさん@HOME:2013/01/15(火) 23:27:23.53 0携帯からですが881です。
乱文にレスありがとう。
ここまでボロクソ書いておいてなんですが、決して父や末っ子を嫌いなわけではないんです。
不思議と嫌いになれないというか、あー、まああのオヤジならなー。やりかねんなー。しゃーないなー。くらいに思っています。
生活費をくれるのには勿論感謝しているのですが、せめてメールの返事くらい寄越せよと。
末っ子に関しては、なんというか、さっくり玉の輿でもなんでも捕まえてやっていけそうな気はするので生ぬるく見守っています。
二人ともある種反面教師といいますか、少なくとも私は真面目に生きていこうと思っています。
落ち着いて振り返ってみると、二十歳にもなって別居の理由に一度も疑問を抱かなかったのは、偏に母の強さなんだろうなぁと。
単に私の頭が平和すぎる気もしますが。
一番の修羅場はアホな娘を持った母の心情な気がしてきました。
ともあれ父は父、私は私でこの先も堅実に生きていきたいと思います。
スレチ気味になってすみません。
お付き合いいただきありがとうございまひた。
続きます…